バカに進化した人類

脳神経外科医からリハビリテーション科医に転科して脳研究者を目指す医者のブログです。

自作ヨーグルトで下痢をする原因

 牛乳を飲んで下痢する人は、ヨーグルトを作るときに砂糖を入れてはいけないということに気づきました。

 

 最近ヨーグルトメーカーを買ってヨーグルトを自作し始めたのですが、大量に作れるので、たくさん食べていました。当然腹の調子がよくなるかと思ったら、むしろ逆に悪くなったので、何故なのか考えてみました。

 

 ヨーグルトができる原理を調べてみてわかりましたが、お腹の調子が悪くなる原因はおそらく発酵させるときに砂糖を入れていることです。

 

 ヨーグルトメーカーの説明書には、種になるヨーグルトと牛乳でつくる方法が書いてあったので、最初はこの方法で作っていました。その作り方のときは大丈夫だったんですが、ネットに砂糖を入れたほうが、乳酸菌がよく増殖すると書いてあったので砂糖を入れてつくり始めたら、お腹の調子が悪くなったんです。

 

 ということで、わたしのように牛乳を飲んでお腹の調子が悪くなる人が、ヨーグルトメーカーでヨーグルトを作るときの注意点は砂糖を入れないでプレーンヨーグルトを作ることですね。

 

 砂糖を入れて発酵させるとお腹の調子が悪くなる理由は簡単です。

 

 ヨーグルトができるメカニズムは、乳酸菌によって牛乳が発酵してできるわけですが、その際に乳酸菌がラクトース(乳糖)をグルコースガラクトースに分解して、最終的に乳酸が生成され、ヨーグルトができます。

 つまりヨーグルトにはラクトースが牛乳のように大量に入っていないため、牛乳を飲んで下痢する人でもヨーグルトは大丈夫なわけです。もちろんヨーグルトによる整腸作用もあるでしょう。

 

 しかし、ヨーグルトを作るときに、種になるヨーグルトと牛乳以外に砂糖を入れた場合、乳酸菌はこの砂糖をエサにしてしまい、ラクトースが分解されにくくなってしまいます。

 

 

 牛乳を飲んで下痢する人はラクトースがちゃんと吸収できなくて下痢になるので、ラクトースが多く入っていればヨーグルトでも同様に下痢するわけです。

ただ、ヨーグルトの場合は牛乳ほどの量を摂取しませんから、下痢まではいかず、少しゆるいという程度ですみます。

 

 ということで、牛乳でお腹の調子が悪くなる人は砂糖を入れないでヨーグルトを作りましょう

 

 

 

小さな子供をもつ親が観るべき映画ナンバーワンは宮崎駿の「となりのトトロ」

 好きな映画を聞かれてジブリ作品を答える人は多いと思います。つい最近も「思い出のマーニー」がテレビ放送され、その前は「ハウルの動く城」がやっていましたね。定期的にジブリ作品は金曜ロードショーなどで放送されいます。

 好みは人それぞれあるかもしれませんが、個人的には、トトロ、もののけ姫ラピュタあたりが大好きです。なかでもトトロは少し語りたくなってしまうくらい好きです。面白いだけでなく、僕の価値観にまで影響を与えた作品と言ってもよいくらいですので少し書いてみたいと思います。話として面白くなるように、子育てと絡めてみるという方法をとってみました。

 

 タイトルのとおり、僕は小さな子供がいる親が観るべき映画ナンバーワンは「となりのトトロ」だと思っています。

 別に子育てのために観なくても単純に面白い映画ですが、子育てという視点を頭の片隅に置いて観ても、考えさせられる良い映画だと思います。なんにせよ、子育ては本当に大変だと思いますが、トトロを観ると少しは心が洗われる気分になるのではないでしょうか。

 

 ご存知の通り、「となりのトトロ」では、子供たちがとても活き活きと描かれていて、ああ子供ってこうだよな、自分も子供の頃はこうだったなと思うシーンがたくさんありますよね。そういう場面を見ると、僕は子供の感性の豊かさや、それゆえの子供時代のかけがえのなさを感じます。自分も大人になることで失ってしまったものがあったと気づきます。そしてその失ってしまったものは、森の守り神であるトトロ同様に大切なものであったと感じて切ない気持ちになります。同時に、トトロがいたと思える自分の子供時代に対する感謝の念を抱き、切なさと両親や地域への感謝が入り交じって涙が出ます。子供時代って本当にかけがえのない、人生で一度きりの時期だなと実感できるのです。

 

 大人の大切な役割として子供達にそのような子供時代を送らせてあげることではないでしょうか。簡単に言い換えると、子供は子供らしくすごすということです。「将来」のためといって受験勉強などの「教育」をすることは、子供時代を大人になるための準備期間として捉え、将来があるから子供は大切なのだと考えることです。それでは将来があまりない高齢者は大切ではないということになってしまいますが、そんなことはないでしょう。高齢の方もコミュニティを構成する大切なメンバーです。

 

 この場合の「将来」は社会の一員となって働く時期のことを指していると言っていいでしょう。すなわち、いい職業について裕福になることだと思います。

 確かに大切なことですが、経済的な豊かさだけをものさしとするのは、人生観としては浅いと言わざるをえません。

 

 僕は、子供であることを、すなわち子供時代を、将来とは無関係に大切な時期として評価してあげることが大切ではないかと思います。人生では二度と送ることができない大切な時期です。子供の感性は大人になっては、もう戻ってはきません。

 

 例えば、僕は虫が大嫌いです。でも子供の頃は逆に大好きで、カブトムシを幼虫から育てたりしてました。あのデカイ芋虫みたいなやつです。夏になると、父親と一緒に夜中に近所の森にカブトムシを取りに行ったことはいい思い出です。虫が嫌いになってしまった今でも、虫を育てたり、父親と取りに行ったことは楽しい思い出であり、いい経験だったと思います。

 虫取りをあんなに楽しめたのは子供だったからです。靴が汚れることを気にせず、土の上を歩く感覚を楽しめたのは子供だったからです。

 

 あの頃の森は幸いまだあるみたいです。もし、あの森を伐採して娯楽施設を作るという話が持ち上がった場合、僕はもちろん反対します。自分にとっては思い出の場所ですし、今の子供達にも同じような楽しく貴重な経験をしてもらいたいと思うからです。しかし、虫取りなどの経験のない大人にとっては、「娯楽施設できるのか、いいねえ」と思うかもしれません。このように子供時代の過ごし方で、大人にってからの考え方までも気づかないうちに違ってくるのです。

 

となりのトトロ」では、トトロという生き物は大人には見えないけど、子供にだけ見える森の守り神のような存在として描かれています。僕にはこのトトロという生き物は、子供の頃には持っていたけど、大人になるにつれて失ってしまったものの象徴のように感じます。

 そのトトロは大人には見えないけれど、森の守り神として、大人達には気づかないところで大人も含めたみんなの生活を支えているのです。ただ見えなくなってしまっただけで、いつもすぐそばにいるのです。

 

 それと同じで子供時代の経験は、大人になれば忘れてしまったり、「ああ楽しかったなあ」くらいのものになってしまったかもしれないけれど、自分の深いところに影響を与えていて、人生の豊かさの大切な要素としていつまでも残るのではないかと思います。トトロが子供だけでなく大人やおじいちゃんおばあちゃん、他の動物など、すべての生き物が住む森を守ってくれているように。

男尊女卑の傾向がある国は少子化になるらしい

 今日の大学の公衆衛生学の講義で興味深い話を聞きましたので、簡単に書いてみたいと思います。性別に対する考えと少子化の関係について、ということになります。

 

 男性が働いて女性は家庭に入る、といった考え方が国民の意識にあったり、男尊女卑的な傾向のある国では少子化の傾向があるようです。

 合計特殊出生率という指標があります。これは一言で言うと、1人の女性が一生の間に産む平均子ども数です。日本の2014年度の合計特殊出生率は1.42となっております。日本が少子化という問題に直面していることは言うまでもありませんが、この問題を抱えているのは日本だけではありません。

 

 日本および諸外国の合計特殊出生率の年次推移がわかるグラフがあります。

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図録▽合計特殊出生率の推移(日本と諸外国)より引用

 

 このグラフを見ると、少子化という問題に関して、先進国を二つのグループに分けられます。

  1. 少子化になったが、持ち直して2付近まで回復した国、もしくは2付近で歯止めをかけられた国
  2. 少子化対策をしているが、功を奏しておらず1.5を下回っている国

 この二つに分けたとき、日本、ドイツ、イタリアがほぼ1.4、韓国は約1.2となり、合計特殊出生率が低い方のグループとなります。このグループは、先進国のなかでも国民の意識に男尊女卑的な傾向がまだ残っている国であるらしいのです。

 日本でもまだまだ、男性が外に働きに出て女性が家庭を守る、という考えが残っていると言ってもいいでしょう。これはイタリアも同様なようです。また、イタリアでは女性の就職率は男性に比べると悪いようです。ドイツは現在の首相が女性なので男尊女卑とは無縁に思えますが、男女では給与の差があるなどの問題があるようです。イタリアとドイツに関しては正直あまり細かい情報はありませんが、講義をした先生が、多少そのような傾向があると言っていました。

 韓国に関しては以前にも似たような記事を書きましたが、男尊女卑の程度は日本よりも著しいでしょう。

 

ahoshin.hatenablog.com

 

 日本では今のところ合計特殊出生率は1.4という低水準になってしまっています。子育て支援など少子化対策は様々行っていますが、功を奏していません。子育て支援はもちろん大切ですが、出生率を上げるには既に子どもがいる家庭への支援ではなく、子どもがいない女性が新たに生む必要があります。

 子どものいる家庭への支援なども大切かもしれませんが、その前に、その子どもを産む女性に対する社会の考え方や、女性に対する支援が必要なのかもしれません。

人生は生クリームみたいなもの

 生クリームの美味しさはもはや言うまでもあるまい。大好物である。

 子供の頃、母親とケーキづくりをしたときに余った生クリームをそのまま食べていたことは懐かしい思い出である。

 無性に生クリームが食べたくなって、さっき久しぶりに、「生クリームそのまま食い」をやろうと思い、生クリームを買ってきて、独り頑張って泡立てて食べた。

 

 そしてら意外にも、いや案の定というべきか、気持ち悪くなってきた。いくら美味しくて大好きな生クリームも、単独でたくさん食べれば気持ち悪くなる。なぜこんな当たり前のことがわからなかったのか。生クリームは、スポンジに乗っかってたり、いちごなどの酸味のある果物と一緒になってるからこそ絶品になるのだ。

 

 人生も同じようなものか。

 

 楽しいことや気持ちいいことばかりではなく、嫌なことや辛いことがないと充実しない。そう思って、ネガティブな出来事にもポジティブに立ち向かっていったほうがいい。

 そんな当たり前のことを生クリームが再確認させてくれた。ありがとう生クリーム。

 

 暇だったので書いてみました。どうでもいいことですみません。

『日本の医療機器の真実』(南和友)

 

日本の医療危機の真実―いまこそ求められる医療制度改革
 

 市営の図書館でなんとなく手に取ったのですが、予想以上に勉強になる本だったので紹介したいと思います。私も医学部の学生であり、数年後には現場で働くことになるため、医療制度や医療現場での問題などには、やはり興味があります。

 

医療崩壊」という言葉が使われるようになってもう随分経ちます。医療が崩壊するということは、本来、危機的状況のはずですが、あまりに長期間使用され続けたため、危機意識が希薄化されてきているようにさえ思われます。しかし、本書を読むと、やはり危機的状態なのだと再認識できるはずです。本書では欧米先進国と比較して日本の医療をとらえており、日本がいかに諸外国と比べて効率の悪いシステムになっているかがよくわかります。

 

 また、「医療崩壊」という言葉の認識には、医療従事者と患者側とでズレがあるかもしれません。医療従事者以外の一般の人は日本の医療に対して、どういうイメージを持っているのでしょうか? 

 崩壊、崩壊といっても、今は病院に行けば一応診療はしてもらえるわけで、患者側としては、待ち時間が長いなどの不満はあるにしても崩壊はしないだろうと思ってしまっても無理はありません。また、日本は世界でも最高レベルの医療をほこっていると言う人さえいる現状では、「医療崩壊」といわれても実感がわかないのも当然でしょう。

 ヒラリー・クリントンさんがアメリカにも皆保険を導入することを考え、日本に視察に来た際に、日本の医療現場をみて、「聖職者さながらの自己犠牲だ」、「アメリカにはとても無理だ」、というようなことを言ったというのは有名な話です。

 

 日本人にとっては当たり前に思えることでも外国の人からみたら信じられない、ということはよくあります。それを聞いて初めて、自分達は特殊だったのかと知るわけです。これは医療に限らず様々な分野で同じですよね。

 この本のなかでもドイツとの比較がよく出てきます。対談の中心になっている南和友さんという約30年ドイツで医師として勤務した経験を持っているためです。ドイツと比較すると日本にも改善しなければいけない問題が山積していることがよくわかります。また、現状が普通であり、特に問題ないという認識が誤ったものであることも、他国と比較することでよくわかるでしょう。

 

 本書は非常にオススメであるのはもちろんですが、自分にとっても読んでそのままにしておくにはもったいない本です。そのため、この本に関わるブログ記事は、本書の紹介という意味だけでなく、備忘録的な、自分のために書くという性質をもったものです。

 ということで、数回にわけて個人的に気になる箇所に関して記事を書いていきたいと思います。

独学で医学部に合格する方法

 タイトルが少々あやしい感じになってしまいましたが、真面目です。実際に僕は予備校には通わずに某国公立大学医学部に合格しました。僕は再受験ですが、高校生のときも予備校なしで某国公立理系大学に現役合格しています。

 これは別に独学で合格できるほど頭がいいんだということを言いたい訳ではありません。僕より頭がよくて予備校通って合格している人はいくらでもいます。そういうことではなくて、独学を是非とも選択肢のひとつに加えてほしいということです。頭の善し悪しと、予備校か独学かは全く関係ない問題です。

 予備校を選ぶさいには、どの予備校が自分に合っているか、またはどの講師が自分に合っているかを考えるのは当然でしょう。そこで、そもそも予備校選び以前に、予備校に通わないという選択肢、つまり独学を考えてみてはいかがでしょうか。

 

 周りの人がみんな予備校に通っているから自分も行く。そういう方は多いと思います。周囲の人と違うことをするのは恐いという気持ちもわからないではありません。しかし、みんながやっていることが正しいとは限りません。大事なことは自分の頭で考え、自分にあった方法を選択することです。それでは具体的に考えてみましょう。

 

 予備校が独学か。

 これは合う合わないの問題でもあります。確かに先生にわかりやすく説明してもらった方が、理解しやすいのは確かです。市販の参考書や問題集ではよくわからないところがたくさんあるという人にとっては、予備校で先生にわかりやすく教えてもらうという方法は有効でしょう。また、わかりやすい授業の方が記憶に残りやすいという利点はあるかもしれません。

 しかし、予備校の勉強の最大の欠点は、進捗の効率が悪いことです。そのため、市販の参考書や問題集の記述が理解可能な人は独学の方が圧倒的に効率がいいです。予備校の授業でこなせる問題数よりも、独学ならかなり多くの問題数を同じ時間でこなすことができます。

 そもそも、人の話を聞くよりも活字を読む方が速度は圧倒的に速いです。これがわかりづらいという方は、ためしに何でもよいので本を音読してみてください。黙読よりも速度が相当落ちるはずです。そのため、同じ時間内でこなせる問題の量は独学の方が多いでしょう。それに加えて予備校の授業では、先生が黒板やホワイトボードに文字を書いている時間、ただ黙って先生の背中を見つめているだけです。これは非常に時間の無駄です。

 確かに先生に教えてもらったほうがわかりやすいとは思います。しかし、一定時間内に得られる情報量は独学の方が上です。そのため、わざわざ先生の話を聞かなくても、問題集の解説が理解できるのであれば独学の方が効率はよいでしょう。もちろん、全てが理解できなくてもかまいません。ある程度わからない部分があっても勉強が進めば自然にわかるようになってきます。ただ、あまりにもわからなければ、それは問題集のレベルが自分に合っていないということですから、問題集を変えましょう。

 

 また、予備校の授業では、仮に自分が既に解ける問題の解説がされている場合、その時間は無駄になってしまいます。その点独学なら、そのような問題は飛ばせばいいのです。そういった点でも独学は無駄がありません。勉強内容を完全に自分用にカスタマイズできるわけです。さらにいえば、予備校に通うのにすでに通学時間が無駄になっています。これはそこまで大きなロスではないと思うかもしれませんが、受験勉強は一年くらいはやるでしょうから、合計すれば結構な量になります。

 

 いろいろと書いてきましたが、独学の最もよい点は効率がいいところです。それは、一定時間に得られる情報量が多いことと、自分で必要なものと不必要なものを取捨選択し、自分用にカスタマイズできることが主な理由です。

 逆に欠点は、問題集の解説を読んでもわからない問題はわからないままになることです。また、予備校で授業を受けていれば、その時間は確実に勉強することになるので一定の勉強時間は確実に確保できますが、自宅等では自己管理ができないとダラダラしてしまうこともあります。

 しかし、問題集などでわからないところが多少あっても、ある程度学力が上がってくれば自然に理解できるようになります。自己管理の問題も受験生であれば、予備校に通っていても本来は必要なものです。授業を受けている時間は勉強してるように錯覚しているだけで身に付いていないということもあります。予備校に通っていれば自己管理ができなくても大丈夫というわけではありません。家で勉強しているとだれてしまうという時点で受験生として問題があるわけです。

 

 実際に医学部や東大など難関大学に合格している人の中では、予備校と独学の比率は、おそらく予備校だと思います。もともと頭がいい人はどっちでも合格します。しかし、僕もそうですが、才能で他の受験生を圧倒していないのなら、差がつくのは戦略です。持って生まれた才能は、今さら変えようがありませんが、才能を使い尽くすかは自分次第です。そのためには、自分の性格や考え方に合った勉強方法を採用する必要があります。

 

 独学のよい点を簡単意まとめると下記のようになります。

  • 先生の話を聞くより本を読む方が速いので同じ時間でこなせる量が多い
  • 自分に合った問題をセレクトできるので無駄がない
  • 家でやれば移動時間などが必要ないので時間が節約できる

 

 僕の話で独学に興味を持った人は、受験業界で有名な下記の本でも読んでみて下さい。もっと細かく書いてありますし、勉強方法だけでなくオススメの参考書ものっていて、非常に参考になります。

 

 

独学で国立大医学部に合格する勉強法 (YELL books)

独学で国立大医学部に合格する勉強法 (YELL books)

 

 

医学部再受験 成功する人・ダメな人 2015年版 (YELL books)

医学部再受験 成功する人・ダメな人 2015年版 (YELL books)

 

 

 

再受験生が教える医学部最短攻略法 2015年版 (YELL books)

再受験生が教える医学部最短攻略法 2015年版 (YELL books)

 

 

医学部入試における再受験と編入の比較

 このブログの「はじめに」で、「受験」というカテゴリーでブログを書くことを宣言しました。そこで医学部入試に関するブログの第一弾は、そもそも「どの入試制度を利用するか」について書くことにします。この二者で迷っている人は、是非参考にしてください。

 もちろん、どちらの入試が自分にあっているかは、各自の能力とバックグラウンドによるでしょう。では、自分にはどちらが合っているかはどうしたらわかるのでしょうか。

 僕も四年半くらい前に、どちらを選択するかで多いに悩みました。最終的には再受験に照準を当てたうえで、編入試験との併願という戦略で受験をしました。編入に受かれば一番よいですが、可能性としてはあまり高くないので本命は再受験といった方針です。そして、結果は編入試験に不合格で再受験で合格。編入には落ちたものの、受験は一回で済ましているので、自分に合った方法を選択できたのではないかと思っています。

 僕がどうしてそのような戦略を採用したか。その過程を述べたいと思いますので、よかったら読んでみてください。

 

 結論からいうと、再受験に向いている人は、医学部でありさえすれば日本全国どこの大学でもよく、受験学力に自信がある人。行きたい大学が少数にしぼられていて、研究や社会人としての経歴および学歴に自信がある人は編入ということになるでしょう。

 入試は主に「筆記試験」と「面接」にわけられるので、それぞれの特徴を考えてみましょう。

筆記試験

再受験

 言うまでもなく、内容は普通の大学受験です。医学部は他の理系難関大学と同様、数学が重要な科目になってきます。数学や理科が得意、もしくは他の科目の足を引っぱらない程度にできれば合格可能でしょう。

 また、一度大学受験を経験している人であれば、自分の学力が医学部に合格できる水準まで到達するかどうかはある程度想像できます。このように合格可能性を予測しやすいという点は再受験の利点の一つでしょう。編入試験は内容が独特なので自分がどこまで高得点を取れるかを予測しにくいのです。

 勉強のしやすさという点でも再受験の方が勝ります。大学受験は一大産業であるため、予備校も複数あります。さらに大手予備校をはじめ、様々な出版社が参考書や問題集を出版しているので、予備校に通わなくても充実した勉強が可能です。ちなみに僕は、予備校には通わずに、家で市販の参考書と問題集を用いて勉強しました。

 そして大事なことは、大学受験では高校三年間での学習内容からしか出題されません。また、大学によって傾向が多少異なるかもしれませんが、内容のバラツキは編入に比べればかなり小さいです。ということは、偏差値さえ上げてしまえば、日本全国どの大学でも合格可能ということです。これは選択肢が多いという意味で重要でしょう。

編入

 こちらは大学によって科目数も異なれば範囲もバラバラです。理系科目は大学の範囲まで拡張されるので、どこまでが範囲なのか分かりづらいのが欠点です

 大学受験とは異なり、専用の教材も市販はされておらず、KALSのような予備校でしか手に入らないため、効率良く勉強するのが難しい。ただし、数学が必要ない大学がいくつかあるため、文系学部出身者で数学を避けたい人は再受験よりも編入がよいかもしれません。

 また、編入は試験日程が重なっていないので、多くの大学を併願できる点がメリットだという人がいますが、ある程度類似した試験内容の大学しか併願できないため、実質そこまで多くはないでしょう。受験するだけの、当たればラッキーといった併願でよければいくらでも可能ですが、それなりに合格を見込んだ併願となれば数は限られます。なぜなら、受験の併願はできても、試験内容が異なりすぎて勉強の併願ができないからです。結局、少数の大学にしぼらなければならないと思います。

面接

再受験

 再受験であれば現役生や浪人生より若干点を引かれるかもしれませんが、それを挽回できないレベルでは編入は尚更難しいのではないかと思います。面接の難易度は編入の方がはるかに上でしょう。もし自信がないのなら、赤本を見て面接の配点が低い大学を選ぶといいと思います。

 そして最大の問題は、ネットでも話題になっていますが、再受験差別はどの程度あるのかということでしょう。しかし、これは大学によっても異なるし、同じ大学でもその年の入試の方針によって変わるものです。入試の方針というのは必ずしも毎年同じというわけではないのです。つまり、どこの大学が危なくて、どこの大学なら安全といったことは受験して自分が結果をもらうまで正確なところはわかりません。自分も入学するまでわからなかったし、僕の大学は再受験は優しいという話と厳しいという話の両方がありましたが、実際合格してみるとクラスには再受験は複数いました。

 また、ネットの評判では再受験はかなり難しいと言われているS大学に通っていた高校時代の友人に聞いてみると、そのような大学でも再受験がいるといいます。

 というわけで、こればっかりは予測することが難しいです。あまりネット上の情報に踊らされないようにしたいところです。

編入

 再受験よりはるかに難易度が高いと思われます。大学によっても内容は異なるし、編入でどのような受験生をとるかといった人間像も大学によって異なることが考えられます。ちなみに、僕が受けたT大学では面接時間は15分程度で、内容も志望動機などの簡単なもののみでした。

 

  これらのことを考えた結果が、冒頭で述べた結論です。僕が思うには、編入よりも再受験の方が勉強はずっとやりやすいでしょう。なにしろ大学受験をもう一回やればいいだけなのですから。

 そう考えると、編入にしぼった方がいい人という状況は、よほど自分にぴったりの入試を課している大学を見つけた人や、仕事等の関係で編入しか受けられない人以外は少ないのではないかと思います。

 ちなみに、僕がT大学の編入試験を併願した理由は、T大学の筆記試験の内容はかなり大学入試に近い形式の問題だったからです。普通、大学受験と編入では内容が異なるため、両方勉強するのは大変が、T大学だけは、大学入試の勉強で8割カバーできるような内容だったところに目をつけて受験しました。

 

 以上が僕の個人的な考えですが、異なる意見もあるでしょうし、僕が受験勉強していたのは四年前なので状況が変わっているかもしれません。とはいっても参考程度にはなるのではないかと思って書いてみまいした。いかがだったでしょうか。

 次は大学受験において、具体的にどのような勉強をしてきたかを書いてみたいと思います。普通の大学受験の話なので再受験の人だけではなく現役生や浪人生にとっても参考になればいいと思っています。